第1話 さよなら

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ーⅤー  この空間を歩み始めてだいぶ時間が経った。  しかしあくまで時間が経ったと感じるのは彼の主観に過ぎない。何故ならこの空間に時間という概念など存在しないからだ。  彼が長い時間を歩いたと思っていても、実際には数分であるかもしれないし、はたまた彼の想像以上の時間を歩いていたのかもしれない。  いずれにせよ、この空間で時間というものを考えるのはいささか無駄である。時間などという概念はないのだから。  時間だけではない。この空間にはすべての概念が存在しない。時間、重力、色彩、名前……あらゆるすべての概念は存在しない。  よって彼は歩いていると感じているが、そもそも重力という概念が存在しないのだから、歩くという動作は不可能である。ただ単に彼は足を動かし、前へと進んでいるだけだ。  例えるなら、足の着かないプールで足を動かし前に進んでいるようなものである。そのような行為は歩くとは言わない。『泳ぐ』とか『漂う』という表現に近いだろう。  しかしそれらもまた意味をなさない。この空間の存在の意味はただ一つ。  それは、『繋ぐ』という存在理由である。なにもない、名前すらないこの空間は異なる次元、時間軸を繋ぐための存在理由しかもたない。  考えようによっては、その意味だけあれば充分に役割は果たしている。  そんな空間を彼は『歩いた』。  目的はただ一つ。  『捜シ者』という与えられたロールを果たすために。  
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