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村に戻る途中、あの大きな杉に辿り着いた。
『ここはお前がいた場所だ…。懐かしい…。お前は覚えてはいまい…。』
『…ここが…。私の母はどんな方だったのでしょう…。…父は父。父以外父ではありません。よく私を守り育ててくれました…。こんな感謝はこの先もないことでしょう…。父の子の喜び…言葉になりません。』
『…あぁ…お前は私の宝だよ。そして私の大事な息子だ…。私も仏に感謝せねば……。ん?。』
その時一匹の大熊が雑木林から現れた。
巨漢な体で立ち塞がった。
『グオ~。お前ら…美味しそうだな。久しぶりの人間…。たまらんな…。』
そう言いながら、ジワリジワリと近付いた瞬間…
ドォーン
大熊は仰向けに倒れていた。
『グオ~。…ん?…。なにが起きたんだ…?。』
大熊が近付いた瞬間、少年が大熊を薙ぎ倒したのだ。
『熊め。私を…父を食べるだと。そんなことはさせないぞ。私がお前を投げ飛ばしてやる。分かったなら早くどこかへ逃げるがよい。』
『グオ~。グオ~。許さんぞ。人間のくせに。グオ~。まずは年老いたお前から始末してやる。グァ~』
大熊はすかさず立ち上がり、鋭い爪で襲いかかってきた。
ドスン…
少年は父親の前に立ち、熊の伸びてきた腕をスルリと交わし、そのまま熊の懐に入り込み、熊の胴を掴んで投げ飛ばした。
『父を…父を始末するだと。もう許せん。私がその前にお前を殺めてやる。』
大きな杉の根に錆びた一本の草苅斧が無造作に棄てられていた。
少年はそれに目をやり、草苅斧を手にして仰向けに倒れた大熊の上に馬乗りになって、草苅斧を振り被った。
『…やめなさい…』
間髪入れず父は言った。
『私もお前も無事五体満足ではないか。その獣も餌がなく不憫だと思い許してやりなさい。…お前も2度も投げられ、その上斧まで持たれて…これで懲りたはずじゃ。人間を襲うのは良くない。例え餌が見つからなくてもやはりそれは自然の摂理。ましてや老人と子供を食べようとは。…さぁ行きなさい。次は私の息子も、私が止めようとお前を殺めてしまう。だから、振り返らず行きなさい。』
『父は優しすぎます…。一度の警告を無視し、次は父を……それでもお許しされるのですか?。…分かりました。……さぁ、父に感謝して行かれよ。次はないと思え…。』
大熊はムクっと起き、ペコリとお辞儀してその場を去った。
哭いてるようでもあった。
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