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マスター、マスター
それしか頭になくて唯ひたすらに音を紡いだ。
どこまでも続く終わらないメロディ、楽譜なんてない即興歌。
「ちょっ、アナタ…!!」
ナツサマが俺の歌を遮る。
腕を捕まれて引かれて目の前には知らない楽譜。
無理やり掴まされた楽譜は歌詞もなく、少しよれていた。
何度も消した後があって何度も書き直したようで紙の繊維が剥がれていた。
「これ、歌ってみてくださいよ…!!こんなにピンときた歌声は初めてなんです」
ナツサマと楽譜を往復させて、俺は楽譜を手放す。
そのまま後ろに回れ右して部屋から出る、最後に一礼も忘れずに。
呆気に取られる王子に言っておかなければならないことがある。
「俺はマスターの為に歌ったんだ、アンタの為じゃない。それに俺みたいな奴隷にゃ何も期待してないんだろ…王子サマは」
自分で吐いた台詞に行き着いたのか色素の薄い目玉を溢しそうなくらい開いて金魚みたいに口を開閉するも声は出ず。
そんな間抜けな王子サマを余所に俺は冷たい部屋へと向かった。
あぁ今夜はやけに冷える。
役立たずな汚い薄毛布が何故か無性に恋しい。
俺は少しだけ額に滲んでいた冷や汗を誰にも見られないようにそっと拭った。
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