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しばらくの間そのまま固まっていた私だったが、更に抱き締める力が強くなったのに気付いて、妖精さんの胸を思い切り押し返した。
妖精さんは一瞬足元をふらつかせた後、辛そうに眉を下げて私を見た。押し返したことに若干の罪悪感を感じてしまう。
「――わ、渡辺?」
目を合わせ合う二人の耳に入ってきた動揺を隠しきれていない声。私は目を見開き、妖精さんは後ろを振り返った。
視界に入ってきたのは、今日この瞬間のために最大の勇気を振り絞ってきたであろう友人。彼は血色の悪い顔で口元をひきつらせていた。
……彼のことを忘れていたわけではない。断じて。そう自分に言い聞かせながらも、喉がからからになっていく。
「お前……か、彼氏いたんだな。悪かったすまん!じゃ、じゃあっ」
待って、という声を出すより先に彼はその場を去ってしまった。背中が見えなくなり、私は一気に脱力して「違うのにー……」その場にしゃがみこんだ。
憧れの青春シーンは脆くも散ってしまった。
「ふぅん……。あの人くるみさんに告白しようとしてたんだ」
涼しい顔をしているこの男によって。
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