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「もしもし?」
『佐恵子?ちょっと、何さっきのメール!いきなり明日学校を休むなんて!』
電話に出ると甲高い声が耳を貫いた。かけて来たのはクラスメイトの春香だった。
「ごめんって。急だったからさ。」
『理由位聞かせてくれるよね?』
「…‥敦が帰って来てるの。」
『敦ってあの敦?…あんた達いつの間に寄り戻したのよ?』
春香は高校の同級生で敦と私の関係を知っていた。
「違うって。敦がさ、事故って記憶喪失になっちゃってて…明日は実家に一緒に帰って色々案内してあげようかと思って…。」
私がそう言うと春香はなぁんだと気の抜けた返事を返してきた。
『事情はわかったけど。敦の奴、なんでわざわざ元カノのあんたのとこに来たんかね?』
グサリとその言葉が刺さった。私はただ、知らないとしか答えようがなかった。
電話が終わった後も、私は抜け殻のように携帯を握りしめたままぼんやりとした。
記憶が戻った時、私が側にいたら彼をどう思うんだろうか。
ただそれが恐くて仕方なかった。
「ところでさ、由美子さんは、元気なの?」
なんの意味もなく、質問してみた。由美子とは敦の母親の名前である。試しに聞いてみたのはいいものの、心臓がバクバクと高鳴って苦しい。
「元気だよ。」
彼は普通に答えを返してきた。
「覚えてたの?」
「まさか。覚えただけだよ。入院してる時、ずっと世話してくれてたから。最近やっと母さんって呼べるようになったんだよ。」
敦は関わっていた人や物や場所を覚えていなかった。読み書きの仕方や一般的なことを全て覚えているのに。家族や友人、住んでいた街、思い出の場所は何ひとつ覚えていない。
ここに来たことに、意味はなかったんだ。
そえ思うと、まるで古傷が痛むようにギリギリと胸が痛む。
「どうかしたの?」
敦は心配そうに覗き込んできた。
「ごめん、なんでもないよ…。」
もし君の記憶が戻るキッカケを作れるなら…
少しは罪ほろぼしになりますか?
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