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今の敦に謝ったって、何の意味もないこと、頭ではわかっていたのに。
長い沈黙。
ただ波の音だけが聞こえた。
「帰ろう。」
敦はそう言って、握った掌を引いた。
私はそれに黙って頷き、涙でぐしゃぐしゃになってしまった頬を袖口でぬぐった。
帰道も電車の中も私達は黙ったままだった。ただ、手だけはずっと離さないままでいた。
部屋に着いて、やっと繋がったままだった掌を離す。
「大丈夫?」
「うん…。」
「今日は疲れたし、早く寝よう?風呂先入るね。」
敦はそう言って荷物を適当に置くと浴室に向かっていった。
私は小さな溜息を漏らすと、崩れるようにソファーに倒れこんだ。
情けないことをしてしまった。
まさかあんなことになるとは想像もしていなかった。
私は未だに敦のことが好きなんだ。
今でもあの日々に戻りたいと願っているんだ…。
しかし気付いたところで何も変わりはしない。敦は次期、記憶が戻る可能性だってある。
その時はきっと、私達の本当のお別れなのだ。
そんなこと悶々と考えていた時…
「あ…‥、」
敦の鞄の中から、着信音が鳴り響いた。
体が、勝手に動いていた。
鞄から携帯を取り出し、2つ折りの携帯を開ける。
液晶画面には彼女の名前が映っている。
涙が込み上げてきた。
私はそれに堪え、小さく息を飲むと震える指で通話ボタンを押した。
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