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遠くで微かにアスファルトを踏みしめる音がした。忍び足を意識しているのか、一歩一歩に間隔がある。気配は隠せていない。素人だ。
魔王は立ち上がることすらせず、歩み寄ってくる生物を待った。
太陽が沈み、月光の下。姿を見せたのは、まだ成人していないであろう少女だった。
「こんばんは」
全身が見えた瞬間、魔王の挨拶。少女はびくりと体を震わせた。
美しい少女だった。どこかのお姫様のような風貌だった。百人が百人振り返る容姿を持つ魔王と、いい勝負。
手品師が起きたらデレデレだろうな。魔王はそう思いながら少女に訊いた。
「名前は?」
「…………」
「俺は魔王。で、こっちで倒れてるのは手品師。俺は人間じゃないけど、こっちは人間だよ」
「その人は」
「空腹で動けないだけ」
「生きてる?」
手品師を見ながら。
「多分」
「そう……」
「で、名前は?」
思い出したように魔王が訊いた。少女は魔王と手品師を交互に見遣り、しばし沈黙。
言いたくない、思い出したくない。忘れた。どちらの表情でもなかった。
やがて、
「神様」
ポツリと呟く。
「我がままな神様」
名前、なわけがない。ということは能力持ちかな。魔王は少女を定めるように見た。
「そう。で、神様が俺たちになんの用?」
「そっちの倒れてる人」
「ん?」
「お腹好いてるなら、ウチで用意出来るけど」
遠慮するよ。魔王が即答しようとする前。
「行きます!!」
ガバッと手品師が起き上がった。
「お前……寝てただけか」
「あれ? 魔王、この可愛い娘、誰?」
「一生寝てていいぞ、お前」
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