桜の君

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 日本橋界隈の商人の娘、お七は宵の道をただ急いでいた。父の遣いの帰り、つい浮かれて買物をしていたら、すっかり暮れてしまっていた。月明かりが頼り無く辺りを照らしている。 ――嫌だねぇ…。  小走りしつつ、そっと後ろを窺う。先程から誰かが付いて来ている。最近、この界隈では、追い剥ぎが出ている。大方、跡を付けているのも、その類いだろう。もうすぐ小さなお社がある。その前に撒いてしまいたい。  ぐいっ 「……っ!!」 悲鳴を必死で呑み込む。 「へへ…お嬢さん、ちょいと良いかい?」 彼女を掴んだ男が下卑た嗤いを浮かべる。 「離してっ」 「おいおい、連れねーな」 彼女を囲むように二人の男が立つ。 「良いことしようぜ? べっぴんさんよ?」 後ろに立った男が首筋を撫でてから、彼女を抱き上げる。 「い……」 男が彼女の口を塞ぐ。 「騒いだら殺すぜ?」 「旦那、そこの社の中でヤりましょうよ」 「良いな」 三人は彼女を抱えたまま鳥居をくぐった。  鳥居の向こうは小さな社があり、狭い境内を満開の桜がひしめいていた。風が吹く度に花びらがひらりひらりと舞い散る。普段なら見とれてしまうそんな光景も目に入らず、地面に強引に倒されたお七はただ、ただ、恐れ戦いていた。 「優雅じゃぁねぇか。べっぴん犯すにゃ丁度良い」 膝でお七に乗っていた男がその着物に手をかけようとした時、その視界から男の顔が消え、代わりに闇が映る。
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