桜の君

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「ってぇな……おめぇ、何者だ」 「……」 耳元で、桜が踏みしめられる音。彼女は起き上がる。目の前には濃紺の袴と、着物を着けた、目元の涼やかな男がいた。腰には立派そうな業物を大小と帯びている。着物の男は彼女を背に庇い、三人の男を前にする。 「こいつぶちのめして有り金頂戴するか」 多勢に無勢なのを良いことに三人の男は一斉に刀子を振りかざし、着物の男に飛びかかる。男は業物に手をかけるもなく、三人の動きを最小限の動きでかわし、鳩尾に掌を入れて行く。一分足らずで、三人を昏倒させると振り返り、 「大丈夫ですか?」 とお七を立たせた。 「はい。助けて頂き、ありがとうございます」 「いえいえ」 「あの、私は……」 名前を名乗ろうとすると、口を塞がれた。 「この一夜ばかりの出来事…お互い、名乗るのは止めましょう」 「それではお礼が…」 「お礼なぞ、要りません。たまたま、そこにいたから助けただけです。気にしないで下さい」 「……でも」 「起きてしまいますよ」 とさらに言い募ろうとするお七を止めて、伸びている男達の着物を脱がし、帯でそこらの木に縛りつける。その間、所在なさそうに周囲を見回していたお七は桜の木の真下に敷かれた御座に気が付いた。 「さ、お嬢さん、賊は縛りましたよ。早く、お帰りなさいな」 「……はい」 お七は頷き、男にお辞儀をして社を去る。  そっと振り向くと男は御座に胡座をかいて、朱塗りの盃を手にとって酒を注いでいる所だった。 それは何かの幻想のように美しい光景で……。  とくり と胸が鳴った。
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