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翌夜、お七は酒瓶を持ってこっそり家を抜け出した。提灯を片手に、あの社に行く。
そっと、鳥居の影から中を窺うと、
「……」
その男はやはり昨日いたあたりに御座を敷き、胡座をかいて、朱塗りの盃を煽っていた。
――なんだろう…凄く、淋しそうな感じ。
かと言って、声もかけられず、時折、儚げに空を見上げる男を見ていた。
「……」
ふいに視線が会う。
男は淡く、微笑み、彼女を手招いた。
「礼は要らぬ。と、申したのに」
「でも……。きっと、ここで夜桜していなさってると、思って」
御座に酒を置く。
「……では、有難く」
と男は酒を開け、空の盃を満たして、一口含む。
「これは美味しい。上物の酒ですね」
そして、盃を空にする。
「二杯目はどうですか?」
とお七が勧めると
「いえ」
とお七から酒瓶を取り上げて、
「貴女はお酒は大丈夫ですか?」
「少しなら…」
「では、この不思議な縁を貴女が繋ぎ止めたいと望むのなら、お飲みなさいな」
と注いで、差し出す。お七はそっと盃を受け取り、口付け、飲む。
とくり
と胸の鼓動が鳴った。
「……」
そっと盃を返すと男が微笑んだ。
「さぁ、そろそろお帰んなさい。昨日みたく賊に襲われてしまわぬ様に」
「……はい」
お七は立ち上がる。
「それでは」
去り際にそっと振り返る。男は十三夜の半端な月を昨日より空いた桜の隙間から目を細めて見ていた。
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