-虚ろな記憶-

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丘の上には、大きな桜の木がある。 毎年春になると、ピンク色の花を咲かせ、私の癒えることのない傷…癒すことのできない傷を優しく包み込んでくれる。 その場所に行くのは、日課になっていた。 ましてや、明日からは高校生になろうという日だ…たぶん。 私の記憶は、自分でも信じられないくらい脆い。だから、事実さえ受け止めがたい。 でも今日はいつもと違った。私の特等席に誰かがいる… 「…」 彼はこっちを見たまま笑おうともしなければ、話しかけようともしなかった。 何か顔についてたかな? 風が吹いた。 彼のきれいな顔立ちにサラサラですこし長めの髪が絡み付く。 生まれて初めて心が揺れた。 ある意味ね。 顔からするとまるでヨーロッパ系の人だ。 桜を初めて見たのだろうか。髪が絡み付こうとも、気にする気配はない。 「ウ…ウィ-コール」 「日本語くらい話せるよ」 彼は微笑みながら私のほうに顔を向けた。 突然の言葉に顔が一気に熱くなる。 「そんなに赤くならなくてもいいんじゃない?」 彼がクスッと笑った。 穴があったら入りたい… でも、その天使のような微笑みに、一目惚れしてしまった事実を変えることはできない。 「僕はシグマ。ミドルネームだけどね。君は?」 名前を聞かれるとは思っていなかった。 「…レ…レイ。名字はわからないの」 緊張し過ぎて顔が強張ったかもしれない…。まあ気にしないけど。 「桜を見るのは初めて?」 バカみたいだけど、真面目に聞いてみた。 「うん…」 歳は同じぐらいだろうか もう少し上だろうか 私より整った顔立ちで、少し寂しそうな顔をしている…。 「そうなんだ…。私は春だけ毎日のように来てる…。不思議と落ち着くの…」 しばらくの間沈黙が流れた。 「…また会える?」 気がつけば、日は落ちようとしていた。 まるで時間感覚を失ったかのように、時間は刻々と過ぎていた。 「もちろんよ」 彼がまた微笑んだように見えた。 別れてから初めて気づいた。 男の人へのいつもの恐怖心が、これっぽっちもなかった。 急に胸が熱くなった…。 これは"恋"なのかもしれない 私の運命は、まさにこの日にから、360度変わることとなった…
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