弘幸

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美雨の遺体を火葬した日。美雨のその名前にちなむかのように、天気雨が降った。晴れた空に淡い雨が虹を作り、まるで美雨の魂が、天界へと昇っていくのが見えるかのようだった。 火葬が済み、墓地へ着くとお骨を美雨が愛した絵画、「イスタンブールの緑」のレプリカとともに、その作者である伯父の清田春臣と、父である秋臣と、母である万里子が眠っている墓に納めた。 美雨の母親の元へ返すべきかと、坂下信雄とも相談したのだが、美雨の母親は実は亡くなったのではないのだと重い口調で打ち明けてくれた。今どこでどうしているのかも判らないと。 何か美雨には打ち明けられない事情があって、美雨は自身の母が死んだと聞かされていたのだろう。俺はそれ以上聞くことは出来なかった。 坂下信雄が今まで見せたこともないような沈痛な面持ちをしていたからである。 火葬には美雨の父親である坂下信雄と、その姪でもある俺の恋人の神田麻衣と、西嶋猛と茅根亜由美がきてくれた。 亜由美は震える麻衣の肩を抱き、「大丈夫だよ」と繰り返し言ってくれた。 亜由美は画商の俺が目をかけている画家、西嶋猛の恋人であるとともに、麻衣の親友でもある。 本当は歌舞伎町にいるという美雨の昔仲間たちも呼ぶべきなんだろうが、俺にはその居場所すら判らないのだった。 美雨を愛し美雨を殺した男はいま拘置所の中にいる。背の高い切れ長の目の男ーリュウ。 奴こそが此処に来る資格が一番あるのだろう。 納骨し、神主に御霊入れをしてもらうと、全員で静かに墓前に手を合わせた。 あんなに美しかった美雨の電車に潰された顔。 あれから瞼の裏に焼き付いて離れない。 ごめんな。 俺なんかのせいで君は… 知らずに涙が溢れていたらしく麻衣がやわらかなガーゼのハンカチで拭いてくれる。 麻衣も同じことを思い出しているのだろう。 驚いたことには坂下信雄まで泣いていた。 坂下信雄もただの守銭奴ではなく、彼にも彼なりの娘への愛情があったのだろう。
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