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「はい、これ」
「ありがとう!なんでこんな高い所にしまったんだろ。あたしかなぁ」
「いや、きっと俺だよ。有紗じゃ届かないよ」
弁当箱を差し出して、俺は有紗の顔を見た。やっぱり有紗はあの頃と同じままで、皺は少し増えたけど、綺麗なのは変わらない。
「お母さーん、早くー」
まったく息子め。人が感傷に浸っているというのに。
「はい、お待たせ」
玄関先に立って、有紗が弁当の包みを息子に手渡した。包みには花柄の模様がついていて、息子が持つにはちょっと可愛らしすぎる気がしないでもない。
「明日の運動会、頑張れよ。お父さんも行くから」
「えっ、いいよ来なくて。じゃ、行ってきます」
小さくなっていく息子の背中を見送って、俺は台風が去ったような後のリビングに座った。テーブルに置きっぱなしにしていた新聞を拡げてみる。
「な、有紗」
「なあに?」
「やっぱ、あいつも一番前なのかな」
「そうかもね。あなたの息子だし」
「でもきっと伸びるだろ」
「そうね。あたしの息子だし」
珈琲はちょっと温くなっているけど、やっぱり妻が煎れる珈琲は美味しいと思った。
「さて、会社行くか」
「あら、もう行くの?」
「うん」
妻が、ちょっと背伸びをしている。俺はちょっとかがんでみて、一瞬だけ、甘くなって、それからドアを開いた。
なんとなく、背伸びをしていたあの頃が、懐かしくなった。
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