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「えっ?…えっ?」
思わず二度見してしまった。間違いなく、有紗ちゃんがそこにいた。意味がわからない。退屈そうに、彼女は座っている。
「あ、有紗ちゃん」
思わず駆け出していた。有紗ちゃんも俺の存在に気付いたのか、座ったままで顔を膨らませていた。
「ちょっと、人を呼び出しておいて、随分遅かったじゃない」
「いや、まさかここにいるなんて」
「だって、“体育館に来て”って、書いてあるじゃない」
やたらと大きいその問題の紙を、彼女は拡げてみせた。そこには汚い文字で、“体育館に来て”と書いてある。一体どうやったらこんな汚い文字が書けるのだろうか。まったく、この字を書いた奴の顔を見てみたい!と思って真っ先に浮かんだ顔が自分の顔だった。
「体育館裏に来てって…」
「でも紙には体育館に来てって書いてあるわ」
自分の馬鹿さを呪った。そういえば前に、漢字テストで“祝う”という漢字を“呪う”と書いた事があったっけ。あの時の気持ちを今、思い出した。
「それで、どうしたの?」
ぱっと顔を上げ、有紗ちゃんは俺の顔を見てきた。はっとするほどその顔は綺麗で、同じ女性でもうちの母親とはまるで別の生き物だと思った。
「あ、あのっ」
声が裏返ったような気がしたけど、気にしなかった。
「初めて見た時から、す、す、素敵だなぁと」
「え?」
「好きでした。今でも好きです。付き合ってください」
何を言っているんだ、自分は。まずそう思った。あっ、なるほど。これが国会議員がよくやらかしてしまう、“失言”というやつなんだな!なるほどなるほど。これで俺も国会議員!よっ、大統領!
などと、意味のわからない言葉達が一斉に脳内を駆け巡っていた。
「いいよ」
鼻血を不意に垂らしてもおかしくはない、そんな状況だった。きっと目が阿波おどりをしていたと思う。
「いや、あはは。なんちゃって。だってさ、俺、背ちっちゃいし。背伸びしたって有紗ちゃんに勝てないし」
「そんなの、関係ないじゃない。知ってるよ。たくさん牛乳飲んでたり、昼休みとか休み時間中、ずっと鉄棒にぶら下がってたり」
「知ってたの?」
「全部知ってたよ。きっと伸びるよ、背」
その後の事はあんまり覚えてないんだけど、きっと俺は背伸びしてたと思う。有紗ちゃんのほっぺたに、俺の唇が届くように。有紗ちゃんはきっと、ちょっとかがんでくれただろうな。
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