8人が本棚に入れています
本棚に追加
吾は少々汗くさい馬車の中に腰掛けると、小さく息を吐いた。
どうもこういう動作は爺臭くていけない、とわかりつつも、吾はついつい「どっこいしょ」などと言いかけてしまう。
もうこれは癖としか言いようがない。
かつての生まれた場所のもので例えるならば高速バスのような役割を果たす長距離馬車。
その車内には吾を含めて十ほどの人間の姿があり、吾の横にはくりくりとした目をした少年が物珍しそうに吾を見ていた。
「お兄ちゃん、手ぶらなの?」
見た目に違わず少年の声は高い。どうやら財布や携帯食料さえも持っているように見えない吾が珍しいようである。
それもそうだ、いつ何が起きるかわからない馬車の旅ではこの少年でさえナイフを持っているのだ。そんな中傍目には手ぶらの村人にしか見えない吾のほうが珍しいというものだ。
「重たいものを持つのは苦手なのだよ」
そう言って吾は氷に包んだ炎を少し指先に点して、消す。魔法というものはこういうときに便利なもので、こうするだけでただの魔法使いとして認識してくれる。
それも、一人旅をする愚か者だと。
金や武器なんかも目立たないように携帯しているだけなのだがそれを自分から教えるのは自殺行為だ。
少年はさっきの氷に包まれた炎が珍しかったようで、しきりに興奮した様子で吾に話し掛けていた。
しかし、吾はそれよりも気になっていることがあった。この少年の保護者の存在だ。
簡潔に述べれば、見当たらないのである。
「親はいないのか?」
「うん、おつかいの帰り!」
見れば重たそうな鉱石がたっぷり入った鞄が少年の傍らにある。どうやら見た目よりも少年は腕力があるらしい。
そして、少年の鞄からはみ出ている本に、吾は気づいたのだ。
「あれ、は……」
思わずその本を燃やしたくなる衝動に駆られる。幾度となく目にした、美化された物語。
「うん、勇者さまのおはなし!」
少年の無邪気な笑みが余計に辛い。吾が興味を持ったと思ったのか、少年は吾の目の前にその本を持ってくる。
子供ひとりでお使いに出す精神は感心しないものの、きちんと子供に読み書き等の教育を施している両親はどうやらかなりまっとう、もしくはスパルタな教育をしているらしい。
それは、子供に話すような話ではないかもしれない。
けれども吾はそのとき、この本にかかれていないことを少年に話すべきと感じたのだ。
「その本は二カ所だけ事実と違うんだ」
最初のコメントを投稿しよう!