唐突な殺意のはなし

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初めて自分の首を絞めて死のうとしたのは小学生のころだった、と彼は私に語った。 この学校の図書館は大きい。学校の端に大学のように図書館棟が建設されていることからもその規模は伺えるだろう。 私立の高い学費を払ってでも豊かな蔵書のあるこの図書館に魅力を感じて入学してくる生徒も少なくない。 そんな学校の図書館ではあるが、昼休みと放課後以外の時間は案外閑散としている場所であり、私はいつもその閑散とした図書館棟で司書としての仕事をしている。 ただ、いつも私の仕事する時間に来訪する彼との会話時間を除いて。 彼は別室登校をしているような男子生徒であった。しかし黒い縁の眼鏡とどこか生気のない瞳以外は至って普通の生徒と変わりない。 保健室で喧嘩をして以来、図書館でいつも勉強をしている。成績は問題がないどころかかなり優秀らしく、全国模試でも優秀な成績を修めているそうだ。 だからこそ図書館に登校させてくれという我が儘みたいな別室登校を学校側も許可したのだろう。 ……勉強の合間にたまに私が仕事を手伝われているのは内緒である。 とにかく彼はある日唐突にそんなことを語ってきたのだ。 私は思わず作業の手を止め、カウンターの向こうに座っている彼を見る。 放った言葉とは違って彼はいつものように少し曖昧な笑顔を浮かべたままだった。 冷房の風が背筋を撫でる。 「子供は多分ぼくらが思っている以上に考えているんだろうなあ、と思うんです。 赤子にも鬱があるらしいし、子供がにへらにへら笑っていて悩み苦しむのが大人になり始めてからという考えがおかしい。 ぼくは小学生のとき、間違いなく死にたいと思って頸動脈を絞めました」 彼が集団に馴染めなかったのはこのような考え方からだったのだろう。 早熟すぎた思考が周囲と馴染めずに、人間関係が形成されない。そのせいで人か離れて……の悪循環だ。
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