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「黒坊主、何歳だ」
「黒山に吾は何歳に見える?」
吾の問いに、黒山は最初奇妙な顔をしていたものの、黒山という単語が彼自身を称しているのだと理解したらしく、黒山は吾は数えで十七もいくかどうか怪しいくらいの少年だ、と吾に返した。
「ならば吾はそれくらいの歳だ」
たとえ黒山が赤子だといったところで、吾は同じ回答をしただろう。彼の曾ゝ祖父が乳飲み子である頃から旅をしていたなどといったところで、黒山は信じる筈がない。
「……家出、か?」
「似たようなものだ、言い訳をつけて旅をしている。これでも吾は熟練の旅行者である、と自負をしている」
「そいつはどうだかな、油断してると簡単に人は死んじまうもんだ」
吾が黒山のほうを見ると、黒山は真ん丸の瞳で吾を見つめていた。きっとこの男は吾ほどの歳の息子と喧嘩別れしてしまったのだろう。そして、後悔に苛まれながら日々を過ごしている、といったところか。
「そいつはどうだかな」
黒山の真似をして、吾は伸びをする。黒山の目にはきっと吾は背伸びをしたがる少年のように映っていることだろう。
それは真実だ。吾ははるか昔から変わってなどいない。老いぬことは劣化もしないが、育ちもしない。ただ、それを知るのみだ。
再び戻した視線の先には、海だ。青い空を映しこんだ青の水平線が黒山にも見えるはずだろう。
船はぐわんぐわんと揺れる。
その後、吾と黒山は一言も言葉を交わすことなく、ただ甲板に立ち尽くしていた。吾は黒山の名前を終に知ることもなかったし、吾も黒山に名前を名乗ることはなかった。
ただ、黒山が海を見ながら「海の底まで追っかけられたら、変わったんかねえ……」と一言呟いたのみである。
吾は主人公。名前は、もうない。
黒山と別れた後、吾は自分と姿がよく似た、されど歳はもう少し重ねたような男と出会ったものの、彼に黒山の話はしなかった。
彼が「あの時逃げたから今の自分があるのだ」と朗々と語っていたのが、吾にはとても印象的であった。
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