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「なにかあったのか?辛気臭い顔して。財布でも落としたとか。未確認生物発見とか。
……飛び降りようとしてたなんてのはNGワードな」
「落とさないし、発見もしてないし、はたまた飛び降りようともしてません。ちょっとアンニュイな気分に浸ってただけ。
私だってそんな朝くらいあるの。女性はデリケートなんだから」
「……まぁいいけどな。声かけなかったら遅刻しそうな感じに見えたから。かけてみた」
「それって照れ隠し?」
「……っ、なんでそうなんだよ。違ぇって」
一瞬言葉に詰まる俺を見て、いたずらっぽく笑う友李。
「だったらもう少し早く声かけてくれてもよかったのになぁ。遠目で見てたでしょ?私のこと」
ぎくりとする。
見とれていたなんて間違っても口に出せない。
「妄想に浸ってたとか?――友李の横顔は絵になるなぁ。儚げな表情も素敵だ。一体なにを考えているんだろう。風に乗って鼻をくすぐるこの匂いは……。
友李の匂いだ。友李は本当いい匂いするよなぁ。しばらくずっと君をこの鼻と目で楽しんでいたい――」
軽い小芝居付きで俺の気持ちを代弁する。
「妄想言うな。よくそんな恥ずかしいこと言えるな。羞恥心をどこかに忘れてきたんじゃねぇか?」
「元演劇部ですから。寸劇くらいおちゃのこさいさいなのですよ」
「あっそ」
「で、当たってた?」
「なにが?」
「私の寸劇」
ひとつため息。
「……違う」
「そっか。残念」
その割には軽く肩を竦めただけで、本気で残念そうでないリアクション。
冗談だとしてもそれはそれで寂しいものが……
しかし、心を見抜かれたと思って動揺しそうになった。
全て合致していたわけではないが、なかなかそういう勘には鋭そうだ。
顔に出ないように気をつけよう。
「それより、本当になんでもないんだな?」
「なに?慰めてくれるのかな?」
だからやめてほしい。上目遣いで俺の顔を覗き込むのは。
友李は「冗談冗談、ごめんね」と言って笑う。
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