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 厚く重く張り込めていた雲がようやく晴れ、久しぶりの陽光が大地に降り注ぐ。時期外れの雪も、差し込む光があっという間に溶かしていく。灰色の地表の上を、それらは谷底の渓流めがけて滑るように移動していった。長く家の中での窮屈な生活を強いられ、ほとほと飽きていたのであろう子供達が、勢いよく外に飛び出してくる。その声は、大地のみならず天空にも響き渡り、誰かの微笑みを誘う。  各地でこんな光景が繰り広げられる「ツフェラ・パストール」は今、春の入り口。それは、新たな始まりを示す季節。  山奥の長閑な村、ベルベラも例外ではなく、久しぶりの暖かい光に村全体が歓喜に包まれていた。ある者は仕事道具を慌てて取り出し、またある者は洗濯に勤しんでいる。農家は灰色の大地の上に家畜を放牧し、子供達は寄り集まって何をして遊ぶかを話し合っている。  そんな久しぶりの賑わいから外れたところ、つまりベルベラ村の外れ。谷底を流れる急流を一望できる場所に、一軒の家がある。壁は白い塗装が施されており、落ち着いた雰囲気を漂わせている。大きさとしてはごく平凡な一軒家より一回り大きいといった程度である。  その家の前で、二人の人間が直立不動の状態で向かい合っていた。一人は禿頭で、大柄な男。骨格もさることながら、その骨格の周りを取り囲む筋肉の量も常人とは比較にならないほど多い。眼差しの険しさも相まって、田舎町に突如として現れた狼藉者のような印象を受ける。  一方、相対する人間は少女だった。メッシュ素材で編みこまれた薄手のジャケットと、暗緑色のロングスカートを身に纏う、小柄な少女。腰まで伸びる艶やかな紅髪が、僅かな風にも反応してふわふわ揺れる。こちらも眼光鋭いものの、見た目の幼さが災いして男のそれほど恐怖感を煽るものではなかった。  二人は何も語らなかった。黙ったまま、二人とも身構える。互いに格闘の心得があることは、二人の構え方を見れば一目瞭然だった。  一瞬の沈黙、そして。  ほぼ同時に二人が地面を蹴った。
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