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 ――かに思われた。一刻の判断が戦況を覆す局面であることは重々承知しているものの、少女の脳はある問題に囚われていた。  それは、「腰元を狙う蹴りをいかに回避するか」という点である。身体を屈めるのでは、蹴りが側頭部に決まってしまう。それを未然に防ぐためには地に伏せる様な格好になるより他はないのだが、これでは次の攻撃に移るまでの時間的ラグが大きすぎる。最悪の場合、相手の次の行動の方が自分のそれより先になる可能性すらある。サイドステップで射程圏外まで逃れようにも、左から右に流れる様な蹴りでは相手から見て左寄りの立ち位置では容易には避けられない。反撃を狙う作戦下において、バックステップを踏んでいったん詰めた間合いをリセットするのは、作戦放棄と変わりがない。  となると、と少女はここまでをほぼ一瞬で――訓練の賜物と言うべきなのだろう――理解し、次の瞬間に攻撃を一度受けるべく、防御の構えをとる。  少女の両腕と男の左足が衝突する。 「……っ!」  片膝をつき、防御に全力を傾ける格好になったにも関わらず、男の蹴りは少女の体勢を突き崩すには充分な威力を持っていた。一瞬だけ相手から逸れた視線を本来あるべき場所に戻した時には、既に大男の巨大な拳が振り下ろされていた。 「きゃっ!」  その拳はみるみる速度を落とし、少女の頭に当たる直前で止まった。 「……参りました」  苦虫を噛み潰したような表情の少女の頬を、一筋の透明な滴が伝う。対象的に、禿頭の大男は、満足そうにその場に立っていた。二人の間を、春の時分にしてはやや冷たい風が通り抜ける。 「惜しかったな」  男はそう呟いて少女を立たせる。起き上った彼女は、褒められているにもかかわらず憮然とした表情を崩さない。 「……やっぱり悔しいです」 「それでいい。そうじゃなかったら私の弟子として失格だ」 「それで、腰を狙った回し蹴り、あれは……」 「わざとだ。意外と回避する術がなくて焦っただろ」  見透かしたような発言に、少女はギョッとする。やはり師匠は、自分がヒット&アウェイの戦法をとることも、回避の方法について逡巡したこともお見通しなのだ。 「師匠なら、あの蹴りが来たらどうしますか?」 「そうだな、私ならば……」  組手の後、戦い方を巡る師弟のやり取りは、村外れにある白い壁の家の中でも延々と繰り広げられていたという。 
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