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アミは理解した。
さくは、その鋭い知性とは裏腹に。
人間が好きなのだと。
生きるのが好きなのだと。
さくは。
世界が好きなのだ。
大好きなんだ。
さくはその知性ゆえに、世界の残酷で冷徹な一面を見てしまった。その結果、世の中に対して、非常に冷めた心でいる。世界とはエゴイズムの集まりで、奇跡も美もない理路整然とした論理の連鎖であり、愛というくだらないものを、本質も理解せずに崇拝する偽善者の集団。そう完全に理解したさくの心は、冷えきっているはず。
しかしさくは、それでも世界が好きだった。偽善者たちが好きだった。何故かは知らない。とにかく好きだった。感情に理由はない。そして、感情と論理との矛盾。それがどれほどさくを苦しめたのか、わからない。本当は苦しんでなどいないのかもしれぬ。
しかしさくの涙は、人間への愛ゆえに流れる涙。アミはそう感じた。愛を否定した男が、愛を証明する涙を流す。
さくは自分を嘲笑っているのか、少し微笑んだ。
さくを抱いて泣くアミ。
アミはさくの唇に唇を当てた。狭い視界でも、今度はうまく命中した。静かなキス。さくの唇は、暖かい。
時間が止まった。風が、気持ちいい。
さくはアミの背に腕を回し、ゆっくりと抱き締める。そして取り出した注射器を、アミの首筋に刺した。
優しく。
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