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広瀬朔は、仕種や行動において動物みたいな女だった。
食べ物でも何でもとりあえず匂いを嗅ぐし、寝る時は丸くならないと眠れない、警戒心が強く、人懐っこい、犬みたいな女だった。
今日もサクはパンのいい匂いを振りまきながら元気に働いていた。
そしてまた、俺はその笑顔が妙に苛ついていた。
だが、昨日の今日だ。
同じ失敗を繰り返さない、学習するのが人間だ。
サクが休憩室の掃除をするのを見計らって背後に近寄り、サクの額に手を当て驚いた。
熱い。
「お前、やっぱり熱あるじゃねーか…」
呆れながら確信を持って言う俺に、サクは少し諦めた表情を浮かべた。
今日は肌寒いので、変温動物だからという訳の分からない言い訳は通用しない。
平熱が高いにも程がある。
「いつから?」
「…二日前」
二日前、雨の日だ。
様子がおかしいと感じたのは気のせいではなかったのだ。
思わずため息が出る。
「お前な…言えよ。体調が悪いのに無理してバイトに来たって、皆に迷惑かけるだけだぞ?休めよ」
「誰にいつ迷惑かけたよ?」
呆れ半分、心配半分で言った俺の言葉は、サクの気に障ったのか少し怒り口調で返ってきた。
「昨日は絶好調に体調悪かったけど、誰かそれに気づいたか?」
…だから、誰が日本語下手だって?
否、そういうつっこみをしている場合じゃなくて…。
「お前だって、あの時手が触れなければ気づかなかっただろ?」
どきり。
確かにその通りだ。
姐さんの言葉を思い出す。
『熱があるかもしれない人間が、あんな笑顔であんなに動ける?』
『あの子はああいう子なの』
体調が悪いかもしれないと言っても、本人に確かめる事もなく、その様子でそれはないと判断した。
そして俺もその一人だ。
「熱があるって言っても、動けるんだから大した事じゃないんだよ。気にするなって」
不敵に笑い、俺の肩を軽く叩いてサクは店内へ戻って行った。
取り残された俺は、少しの間動く事ができなかった。
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