―Smile―

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「ユキ」 呼ばれて振り返ると、無精髭が妙に似合う店長が手招きしていた。 ユキ、雪夜(ユキヤ)という俺の名前を縮めた呼称。 雪の日の夜に産まれたのかとよく聞かれる程の安易な名前だ。 「来週からテストだっけ?勉強休み取らなくていいのか?」 …忘れていた、否、考えないようにしていた行事。 現実に引き戻された俺は頭を抱えるしかなかった。 「店長…俺、テスト受けなくてもいいですかね?」 必死の抵抗もむなしく店長の言葉は冷たい。 「いいけど留年だぞ」 現実は厳しい。 「…休み下さい…」 「了解」 観念した俺に、店長は満足そうに笑った。 「学生は勉学が本業だからな、しっかり励め」 こうして俺は、急遽五日間の休みをテスト勉強に費やす事になった。 ―しばらくの間サクに逢えないな…。 ん?ちょっと待て。 何だ、今の思考は? 自問自答をしている俺の背中を、誰かが軽く叩いた。 「邪魔」 犯人はサクで、しかも叩かれたのではなく蹴られていた。 「何通路の真ん中でしゃがみ込んでるんだよ?」 「…別に」 『あの思考』の後に本人の顔を見るのは、やはり恥ずかしかった。 「来週からテストだからもがいてたの」 「へぇ。せいぜい頑張れよ」 イタズラっぽく笑いながら、サクはオーダーを取りに行った。 そうだった、今は仕事中。 とりあえず今はテストの事は忘れよう。 目を閉じて心を落ち着かせよう。 集中だ。 「よしっ!」 気持ちを入れ替えて開けた瞳に映ったのはサクのどアップだった。 「うわっ!?」 「百面相みたいな奴だな。おもしれ~」 …結局、俺の心が平静を取り戻す事はなかった。 .
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