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「それサクちゃんの事?」
「え!?」
突然の問いに驚く。
独り言を聞かれる事ほど恥ずかしい事はない。
「サクちゃん、いつもニコニコしてて和むから、今日はちょっと寂しいわねぇ」
感じる所は同じなのかもしれない。
「なんか、ケンカ相手が居ないと気が抜けますねぇ」
俺の場合、寂しいとは少し違う。
笑いながら返事をする俺に、五歳年上のバイト仲間の女性は微笑みながら言った。
「あなた達仲良いものね。ユキ君が一方的にやられている感じはあるけれど」
「そんな事ないですよ。俺の方が勝ってます」
…とは言うものの、周囲にはバレているらしい。
俺はサクに弱い。
あの独特な雰囲気に飲み込まれて勝てる気がしない。
「ユキ君はおバカさんな所がかわいいのよねぇ」
「…ソレ…褒めてませんよね?」
「あら、褒めてるわよ」
くすくすと笑う、通称『姐さん』と呼ばれているこの先輩を見て、俺は悟った。
基本的に俺は弱い。
思い起こせば大抵の人に負けている気がする。
俺が弱いのか、周囲が強いのかはさておき…。
そんな心の葛藤を余所に、姐さんはオーダーを取りに行ってしまった。
その時、ふわっとシャンプーのいい香りがした。
女の人だなぁ…と思う。
男友達や店長からはしない香りだ。
―ふと、思い出す。
サクからはパンの匂いがしていた事を…。
空腹のままバイトに来た時は、余計に食欲を刺激するのだ。
あいつの主食はパンかとか、食生活乱れてそうとか、シャンプーよりパンの匂いってどうよとか、色々考えていると思わず笑ってしまった。
にやけていたのかもしれない。
店長や姐さんに気持ち悪がられてしまった。
そして改めて言われるのだ。
「本当、おバカさんよねぇ」
反論する事ができなかった。
今日は時間が過ぎるのが遅い。
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