第一章

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「いい加減離れろ。俺は温泉に行きたいんだ」   「………グスッ…」   「はぁ…」   まだ泣き止まない黒羽。刈魔のシャツはお腹に染みが出来ていた。   「せめて離せ」   「…………」   「だんまりかよ…」   このままでは温泉に行けないので、少々面倒だが話術でなんとかしようと試みた。   「お前なんであそこにいたんだ?」   「……………」   「お前の家どこだ?仕方ねぇから送ってやんぞ?」   「……………」   「…何か言え」   「…………と」   「いや、お礼はいいから」   何気なく言った刈魔の一言に黒羽は顔を勢いよくあげる。   その顔は驚愕に満ちていた。   『ありがと』   この一言に返事しただけで。   「……………」   「まただんまりかよ…」   無理矢理引き剥がすのも一つの手だが、今それをしてしまうと号泣してしまうかもしれない。   結局刈魔に選択肢は1つしか存在しなかった。   「…俺温泉行くが…お前もくるか?」   「…………行く…」   ――   温泉に着きました。   「お前は入らねぇのか?」   「…………ここで……待っちょく…」   あわよくば黒羽が温泉に入っている間に逃げようと思っていたのだが、そうもいかないようだ。   仕方なく脱衣室へと足を運び、カゴに服を脱ぎ捨てていく。   ここの温泉は料金が高いという理由であまり人気はないが、だからこそ刈魔はここに決めた。   大人数で入るとリラックスなど出来ないからだ。   「はぁ…」   何度目になるかわからない溜め息を溢し、浴室へと入っていった。
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