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雨、である。窓硝子を叩く雨音が、逆に静けさを強調しているようで、僕は一人窓外を見ていた。
梅雨に入りはしないが、それでも前より湿度が高くなった五月の中旬。凡その高校生は、丁度試験勉強に勤しんでいるころであろう。僕とてそれは変わらないが、案外中間テストというのも中学のそれと似ているもので、思ったより簡単だった国語試験の見直しもほどほどに、徒然とすぎる時間を、景観を目に焼き付けることに費やした。
「ご主人様、ご主人様。消しゴムとやらを貸してください」
レンテンという恋のキューピッドのような存在の女の子、ハートは僕の後ろから小声で話しかける。僕は肩肘をついたまま、余った手で消しゴムを手渡した。無論、教卓でパイプ椅子にのんきに腰かける芦口先生には気づかれぬように、である。
「ご主人様、消えましたよ!」
ああ、もう。
これからも、ハートが真後ろでうるさいと思うと、頭が痛い。僕は窓外の雨に恵みを求めた。が、やがて水滴が景色さえ見にくくさせた。
――思えば、その転入は突然だった。
「羽取綾菜です。えと、よろしくお願いしますです!」
彼女は長い赤髪が床に着くのも気にせず、それは深いお辞儀をしてみせた。「おお」と幼さは残るが人並み以上の顔立ちの彼女にどよめきが立つ。
その美少女の正体は、言うまでもない、ハートだ。
――頭に包帯を巻いた僕は、その日、授業も受けずに病院へ行くことを勧められ、僕としても否定する理由もないから、早退させてもらった。
「しかし、そんな姿じゃ学校にいるのは無理だし、僕が学校言ってる間どうするつもり?」
僕の単純な疑問に、ハートは含みを込めて笑う。「にやり」とやはり、自分で擬音を口にする。
「レンテンをなめないで下さいよ? えい!」
すると翼が消え、服装はさっき見たのを真似たのだろうか、僕の学校の女子制服と寸分たがわぬ姿となった。
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