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「っ、ちょっと! 何よこれ!」
「単なる性質(たち)の悪い目くらましです!」
「性質が悪いってどういうッて、なんでそっち側から?」
白い視界の中見え隠れする外套の袖を引っ張ると、ルナは驚いた表情でこちらを見る。
この霧は単なる水蒸気が凝固したものではなく、少々方向感覚を狂わせる性質がある。逃走、かく乱に適した神術だ。
向こうもそれを知っているはずだから、下手に動けないでいることだろう。
ただ、あまり長持ちするものではない。
籠の中から顔を覗かせていたパドストールを引っ掴んで地面に下ろす。
嗅覚が優れている生き物なら、この霧の中でも問題なく行動できるはずだ。
「逃げましょう。とにかく、ここを後にしないと大惨事になりそうですし」
「へカトンケイルはどうするのよ」
あ、と立ち止まったクルトーラの横から、パドストールが駆けだした。
そして飛びこんだ霧の向こう側から、むっと少し驚いたような奇妙な声が響く。
ぶんぶんと自慢げに尻尾を振りながら戻ってきたその口には、虎の尻尾。
「パド、尻尾を離せ。さすがに痛い。博士も何とか言ってやれ。戦えぬ」
「パドストール、このまま森を突っ切ります」
「こら、またぬかっ!」
よく言えば芯の通った、悪く言えば梃子でも動かない堅物相手に、その場しのぎの説得なんてできる訳がない。
それなら、強引にでも押し切ってしまうべきだ。
背を向けて、ルナとパドストールを無言で急かす。
かく乱は成功しているだろうとは思うが、焦燥感が募る。
追いかけてくる前に。追いつかれる前に。
「クルト-ラ!」
霧の向こう側から聞こえる、懐かしい声。
その声に振り返ることなく、クルト-ラは森の出口目指して一目散に駆けだした。
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