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俺が此処を連れ出される"時間"とは別の"時間"が来て、白衣とマスクとに身を包んだ大人達が、無抵抗の紅くんの腕を掴んで彼を連れ出そうとするたびに…
どうなるのかを俺はわかっているから。
そのたびに、紅くんを連れていかせまいと奴らに飛び掛かる。
でも、所詮は大人と子供の力の差は歴然としていて……何もできずに俺は痛む身体を起こして、鉄の扉の向こうに消えていく彼を見つめるしかなくて。
そのたびに振り向く彼が目に映り、扉が閉ざされるたびに絶望感と無力感を感じ、自分の不甲斐無さを思い知らされる。
そしてようやく戻ってきた彼は、濁って虚ろになった瞳で俺を見る。
いつからか笑わなくなったその表情は、まるで人形のように生気が無くて。
むせ返るほどに匂う、染み付いた血の香りに、彼が強いられている"殺人"という名の悍ましい"実験"の現実を、嫌でも理解させられる。
笑わない、仮面のように張り付いた表情のまま…自分を抱きしめる俺の身体を、静かに撫でてくれる。
その優しさが、突き刺さるほどに痛かった。
「……紅くん…。」
もう一度、小さく呼びかけてから頬を撫でるように触れれば、伏せられていた長い睫毛がピクリと震えた。
「………。」
静かに開いた瞳で、視線だけを俺に向ける紅くんに、優しくおはようと問い掛けた。
「…………。」
もぞ、と小さく身じろぎをしながら俺に身体を寄せる彼は、いつから言葉を発しなくなったのだろうか。
「………うん。
大丈夫、まだ寝てていいよ。」
優しく言えば、また静かに寝息が聞こえだす。
この、消えてしまいそうな体躯を守るためならば、どれだけ自身が傷付こうとも構わない。
いつか必ず、きっと。
此処から君を連れて、逃げてみせるから。
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