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余計な物を置いていないこの殺風景な部屋に、ただ一つだけ異彩を放って存在しているアンティーク調の手鏡が淡い光を放ち出した。
それは、"仕事"の合図。
「……………。」
小さく息を吐いて、立てかけておいた刀を手に取る。
今宵は満月、闇に紛れるには少し、明るすぎる夜だ。
「……行くよ、"氷雨"」
小さく呟き、窓から物音をたてないように静かに外に出る。
そのまま静まり返ったバルコニーを歩いていく途中で、背後に慣れた気配を感じた。
「………蒼くん。」
呼び止める凛とした声に、ひたと足を止めて振り返る。
「………紅くん。」
厳しい表情のままこちらを見やる彼に、あくまでも平静を装って微笑み返せば、疑念を抱いた確かな口調で返された。
「……こんな夜中に…どこ、行くの?」
「……んー。…散歩?「嘘。」」
ハッキリと、断定の意味を込めた言葉で遮られて…細めてた目を開いて彼を見つめる。
「……時々、ずっとこうして、夜出かけてるよね……?
何で……?!
………俺達に内緒で、何してるの…?!」
そう責め立てるように声を荒げた彼に、思わず小さくため息をついてしまう。
「……ごめんな…?」
「え?」
小さく呟いた俺の声に、紅くんが一瞬、戸惑う。
その隙を見逃さずに、一瞬で間合いを詰めて彼の懐に潜り込むようにして襟首を掴み、引き倒す。
驚愕の表情に歪んだ彼をそのまま地面に叩き付けるようにして押さえ込み、抜刀していた氷雨を喉に突き付けた。
「…蒼…く…「紅くん。」」
再び静寂を取り戻した世界で、荒い息を上げながら口を開いた紅くんの言葉を、有も言わせぬように遮る。
彼が小さく生唾を飲み込んだ音が聞こえたけれど、構う事なく言葉を続けた。
「…お願いだからさ。
これ以上は…何も聞かないで…?」
ニコッと組み敷いた彼に微笑みかければ、もうそれ以上の答えが返ってくる事はなかった。
「……………。」
これでいい。
これは、俺の問題だから。
そして、立ち上がって氷雨を鞘に収めてから、目線を合わせる事もせずに背を向けて、バルコニーの床を蹴って闇に身を投じる。
聞こえないフリをした耳には、呼び止める声が確かに響いていた―――。
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