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──……
くすくす。
不気味な笑い声が、夜の森に吸い込まれていく。
眠っていた動物たちが次々と、怯えるように逃げ去っていった。
草を踏みしめて近づいてくる、どこか重々しい足音。
そして闇を従えるように、一人の男が姿を現した。
手入れが全くされていなさそうな古びた甲冑を身に纏っており、それが耳障りな音を立てている。
やがて、男は周りのそれらよりも遥かに大きい巨木の前で立ち止まった。
その木に背中を付けた状態で縛り付けられている、一人の女。
目を閉じていてもなお妖艶な雰囲気を醸し出す、美しい女だった。
彼女を縛る縄には、何やら経のような文が書かれた札が大量にくくりつけられている。
この女が札の効力によってこの場に封印されている事が、彼にはすぐわかった。
腰に差した刀を引き抜き、目にも止まらぬ早さで縄を切り裂く。
封印を施していた札が、溶けるような音をたてて消え失せた。
それと同時に施してあった封印が解け、女がゆっくりと瞳を開く。
ふるりと揺れる、長い睫毛。
一瞬、何が起こったのかわからないという顔をしていたが、はっとしたように男を睨み付ける。
その金色の瞳が憎悪に燃えているのを見て、男は満足そうに口角を吊り上げ。
そして、静かに問うた。
「……貴様は、何が憎い?」
「わた、しは……」
女はかすれた声で答える。
「……私は……私の愛するものを奪った、全てが憎い!! 全てを、壊してやりたい!!」
焔のように、憎悪が燃え上がる。
嵐のように、哀しみが渦巻く。
氷のように、心は頑なで冷たい。
男はふっと息を吐き、
「そうか……ならば、俺と来るがいい」
手を差し伸べる。
「俺のために、その憎しみを糧に力を奮え。そうすれば貴様の望み通り、やがて全ては壊れゆく……」
「………全て、が……?」
疑わしげに尋ねる女に、男は自信ありげに頷いた。
「断れば、貴様は再び封じ込まれてただの屍と化すだろう」
どうする、と男が試すように再度尋ねる。
しばらく考えて込む女。
やがてゆっくりと、その白く滑らかな肌をした手で男の手を取った。
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