父から子へ

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空を見上げると、日が随分傾いてきていた。 そろそろ、本当に別れの時だ。 輝宗は、刻み込むようにゆっくりと言葉を紡ぐ。 「……さらばだ、昌幸殿」 「ああ、じゃあな。……照吉」 「……その巫山戯た名前で呼ぶのは止めてくれないか」 輝宗は肩を落として言う。 にやにやとしている昌幸を、わざとだろうと睨み付けた。 「おっと、怖い怖い。……じゃあな、輝宗」 「…………ああ」 昌幸は踵を返し、先程男が去っていった方向へ歩き出す。 夕日の茜色に照らされた髪が、さらさらと揺れていた。 徐々に遠ざかっていく、その凛とした姿。 行って、しまう。 「……っ、昌幸!!」 思わず、彼の名を叫んでいた。 昌幸が、何事かと慌てたように振り返る。 輝宗は力の限り叫んだ。 互いの記憶に、この短い思い出が美しい夕焼けと共に焼き付けばいいと願いながら。 「……また、いつか!」 この不確定な約束を、ずっと忘れないように。 刀を握る手に、知らず知らずに力が籠った。 昌幸は目を丸くし、そして、 「……ああ! またなっ!!」 同じように、叫ぶ。 その声は、雑踏の喧騒の中でもはっきりと耳に届いてきた。 そうして今度こそ、振り返らずに去っていく。 輝宗は刀を握り締めたまま、彼の姿が雑踏の中に消えた後も、そちらを見つめていたのだった。
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