愛情

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「壱夜…」 私の肩を掴んでいた斎藤さんは私が震えている事に気付いたのだろう。 落ち着かせるように私の名前を呼んだ。 心配してくれているのは素直に嬉しい。 私は大丈夫ですよ、と言って微笑んだ。 だが、私は内心悔しく思っていた。 自分がこうも抵抗出来ないとは思ってなかったのだ。 簡単に押し倒されてしまった。 押し退けようとしてもびくともしなかった。 男と女の力の差ははこんなにも有るものだとは思わなかった。 ……悔しい。 女だからって負けたくない。 体格差はどうにもならないと解っていてもそう思ってしまう。 「次にこんなことがあったら、打ちのめしてやります」 そう言うと、斎藤さんは一瞬面食らった顔をしてから微かに笑った。 「そうか。俺も出来ることがあれば協力する」 「はい、有り難うございます」 そうだ、次に手籠めにされそうになっても……… 決心しようとしていたときにふと以前吉田にも似たような事をされそうになったことを思い出した。 もしかしてあれもそういうことだったのか…? 『まさか、ここまで鈍感だとは思わなかったな』 そう言って吉田は困ったような顔をしていた。 そんなまさか。 そう言い聞かせようとするが、裏腹にその時の事を鮮明に思い出してしまう。 いきなり抱き締められた時の吉田の匂いとか、細身に見えるその身体は意外とがっちりしているとか。 徐々に私の顔が熱くなるのを感じた。 思わず顔を抑える。 そんな私の様子を見ていた斎藤さんは驚いていた。 「ど、どうしたんだ壱夜。何故そんなに赤面している?」 「え?あ、い、いや、気にしないでください。」 本当の事を言える筈もなくて、どもってしまう。 余りの不自然さに斎藤さんは追求してくる。 「いや、そんなに顔が赤いなんてどう考えても可笑しい。 まさか、また熱でもあるのか?」 そう言いながら私の額に手をあてようとする。 「いえ、大丈夫ですから!ご心配なく!」 私はその手から逃げるように立ち上がって後退るが、彼は構わず確かめようと迫ってくる。 その手をかわそうとすると足が縺れて倒れそうになってしまう。 「壱夜!」 その声とともにぐいっと引き寄せられた。 「あ、有り難う、ございます」
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