記憶

33/33
2148人が本棚に入れています
本棚に追加
/406ページ
「そうか、やはりな」 はぁ、と土方は溜め息をつくと頭を掻いた。 「あの…土方。私は…っ!」 なんとか言い訳をしようとするが、上手くまとまらない。 焦りと緊張が頂点に達して、私の瞳から涙が溢れ落ちた。 その様子を見て土方は目を丸くする。 「お、おい…泣くことねぇだろうが」 珍しく土方は焦っているようだが私は気にしてられなかった。 涙を止めようとしても次々と溢れてきてどうしようもない。 「…っ……くぅ…!」 私の口からは、もう言葉にならない呻くような声しか出て来なかった。 決して土方や皆を裏切っている訳ではない。 だからどうか、私を追い出さないで…! 懇願するように、もう涙でぼやけてよく見えない土方を見つめる。 「ったく、涙は女の武器、なんてよく言ったものだな…」 土方はそう呟くと、近くに寄ってきてそっと私を包み込んだ。 「ふぇ…?」 予想外の出来事に驚いて目を見開いていると、土方が耳元で囁いた。 「大丈夫だ、もうお前を疑ってはいねぇ。 …もう俺達の仲間だ。」 「ひじか…た?」 信じられなくて名前を呼ぶと、土方は私を安心させるように頭を撫でる。 「いつも気を張ってるてめぇが、こんなことで涙を見せたんだ。…もう間者だとは思ってねぇよ。今ので確信した。」 「ほんとに…?」 土方を見上げるようにその瞳を見つめると、普段は見せない優しい瞳で私を映していた。 それに安心して私は土方の胸に顔を埋めた。 「壱夜?」 今日だけだ。 こんなに気が弱くなってしまうのも、本音を見せてしまうのも、土方に甘えてしまうのも、全部。 明日からはこの人の役に立つようにしっかり働こう。 居場所をくれた、この人のために。 そして私の意識は闇に沈んでいく。 「おい、壱夜?」 土方の声が遠くなる。 額に手が当てられている気がする。 完全に意識を手放す瞬間、 「おめぇ、熱があるじゃねーか!」 土方の慌てる声が聞こえた気がした。
/406ページ

最初のコメントを投稿しよう!