64人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
苦々しいことを振り返るきっかけは、五歳年下の妹からの電話だった。
前回の電話では迷い猫のように悩んでいたのに、今回は口調も明るく、時々楽しそうな笑い声もあった。
「良かったじゃない。噂の彼氏といろいろな経験もあったみたいだし?」
先日歌舞伎町をデートしたエピソードを誰かに聴いてもらいたくて、連絡したようだ。
ただ、その話を黙って聴く。
久々のデートがよっぽど嬉しいみたい。
「そうそう。いい加減に彼氏の写真見せてね」
「プリクラ撮ったから、今度遊びに行くときにでもいいかな。お姉ちゃん?」
「お惚気たっぷりの返事をありがと。ごちそうさま」
そう妹をからかい、電話を切った。
やれやれと思いつつも、恋愛を精一杯にしている妹が羨ましくもあった。
もう自分にはそんな恋愛なんて縁は無いし、出来ないだろうと考えているせいもあるけれど。
私――桜井鈴音――が、一歳年上の先輩である竹本義孝に一目惚れをしたのは高校の入学式だった。
体育館へどういったらいいのか分からず迷子になっていた私に、物腰の柔らかな態度で「こっちだよ」と優しく案内してくれたのがきっかけ。
初めて、異性を意識した瞬間だった。
最初のコメントを投稿しよう!