4.紫煙に包まれて、忘却しよう

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 エスカレーターを正面として、あの人達が居るのは向かって左側。  乳幼児や小・中学生を対象にした海外のキャラクターグッズや遊具が展示販売されている。  ちらりと買い物カゴを覗くと離乳食用のエプロンや食器類、木製の小さな遊具が一つ入っていた。  私もかもしれないが、出逢ってしまったあの人の表情も戸惑いや驚きが隠せないでいる。妻であり、母という立場になった人はそれほどではない。むしろ穏やかだった。 「こんにちは、鈴音ちゃん。お久しぶり」  穏やかな声色の中に、何か含みのある言い方でその人はにっこりと挨拶をする。 「元気そうで何よりだわ。あれ以来、音沙汰なかったから心配してたのよ」  あれ以来。つまり、あの人と別れたあの日のことを指し示しているのは分かる。  でも、どうして刺々しい言い方で過去のことを蒸し返すような言い方をしてくるんだろう? 「…………」 「そうそう。男の子なの、可愛いでしょ? わんぱくざかりで毎日大変なの」 「――止めないか、そういう話は」 「あら? 近況を話しているだけなのに、どうして?」  自慢げに言い続けているのを諌めるようあの人が言うが、悪びれた様子は無く、肩を竦めて話を聞き流すようだ。  私は何を言ったらいいのか分からず、固まったまま。  無意識に繋いでいる手に力が入ってしまう。  そのせいかもしれない。  大丈夫だよ。  そう励ましてくれているかのようにして森川さんは力強く握り返してくれる。驚いて見上げてみると、まるで夜の海のように穏やかな笑みを浮かべて、優しい眼差しだった。
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