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「それだけで十分な理由だと思うけどな」
森川さんの胸の中で嗚咽しながら、私は両手を伸ばして背中に回した。とても広くて、肌の温もりがシャツ越しからでも伝わってくる。
私を好きだと言ってくれるこの人を手放したくない、と思った。
この現実から逃れるための口実なのか。
意識しないようにしていた気持ちに素直になるためなのか。
「……私も我が儘、言っていいですか……?」
「どうぞ」
「ずっと一緒に居たいです」
「こういう状況でそれはまずいと思うけど。――君が良いと言えばそれを利用してしまうけれど、いい?」
「それでもいい!! 私を一人にしないで!!」
縋りつくようにして、泣き叫ぶ。
「……俺の部屋、行こうか」
腰に回していた手で、何度も頷きながら泣いている私の顎を持ち上げると労わるかのようなキスをした。
割り込んできた舌の感触から、特有の苦味がする。
それは私の父親がいつも喫煙している煙草の紫煙の匂いにどこか似ていた。
好きよね?
意識していたよね?
もう一人の私が囁く。その答えは頷ける。
でも、本当にこれで良かったのかな?
そう囁く声だけは無視した。
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