9 まなざし

20/29
前へ
/277ページ
次へ
『幸せだったからよ。私はね、泉。憎しみのあまり、あの幸せだった日々まで否定したくなかったの』  そして、それに答える声は、やはり自分がよく知っている、懐かしい女の声だ。  誰だったのだろう、この人達は。  あの、夕暮れの井戸で話していた、少年と少女。  姿の見えない、男と女。 『お父もお母も、鎌倉が憎くないの?』 『大事な人達がいるから』 『そうだな』 『それは誰?』 『まずは、大姫様。そして、政子様』 『それから、私達の面倒をよく見てくれた、阿古夜さん達』  穏やかに、話される言葉。  憎しみは、欠片(かけら)も感じられない。
/277ページ

最初のコメントを投稿しよう!

399人が本棚に入れています
本棚に追加