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「こちらへはお仕事で?」
「うん、まぁ。学会があってね」
「そう。前と比べてどう?横浜は変わった?」
「いやぁ…どうかな。あんまり変わらないような気もするし、全く様変わりしたような気もするし」
「そうね、私も年を取っちゃって……」
「いやいや、君は若いよ。昔と同じだ。いや、むしろ昔より綺麗になったと思う。」
「そんなこと言っちゃって‥‥」
「俺はおっさんになっちゃったけどな……。あっ、そうだ‥‥鎌倉の方に混浴の温泉があったろ?知ってる?」
誠二の死を除けば、横浜の思い出はそれに尽きる。
「今もあるわよ」
「あの、ぬるい方から熱いほうに順に入る‥」
「そうなんですってね。誠二さんも言ってたわ。今でも混浴なんてやってるのかしら‥‥」
アイコはグラスを取ると、自分のための水割りを作った。
店には他の客が一組だけで、そちらのほうは若いホステスが相手をしている。
「そう言えば、誠二さんから面白い話しを聞いたわ」
「ほう?」
アイコはくすぐったそうに笑う。
突拍子もないことを言いだすときの、それでいて相手の気を引かずにはおかない、そんな水商売の女らしい独特な笑顔だ。
「なんかね、エッチな話なのよ」
指先で、テーブルの上にグラスの結露でできた水溜まりを広げた。
「いいねぇ。あいつの思い出話しならなんでも聞いておきたい」
「そう?じゃぁ……」
アイコは、ママに軽く目線を送り『しばらく話し込むわ』といったような合図をすると、恥ずかしそうに話し始めた。
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