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久しぶりの横浜の街並み。
思い出深いスナックへと向かう道。
─あぁ…ふと横浜の空を見上げると、あいつの事を思い出す……─
優太郎が横浜に来るのは、これが3度目となる。
この横浜という街には、愉快な思い出と、悲惨な思い出とが1つずつある。
いや、愉快な思い出に比べれば、悲惨な記憶のほうがずっと大きいのかもしれない。
そもそも、この2つを対比させるのはあまり適切ではない。
優太郎は横浜の街を多少なりとも知っている。
親友の誠二が、当時、横浜市立大学付属病院で働いており、この地に住んでいたからだ。
もう5年近く前のことになる。
優太郎も誠二も、研修医を卒業し、一人前の医師として日々切磋琢磨していた頃、
「今度、横浜で比較内分泌の学会があるんだが‥‥会えないかな?」
「なんだ、じゃぁうちに泊まりに来いよ!ホテル代も馬鹿にならんだろ?」
「実はそのつもりだったんだ。助かるよ」
と約束がまとまって、学会が終わった日の夜には、一晩横浜に赴いて痛飲した。
何軒目かの店で、アイコという名のホステスを紹介された。
色白で、少し垂れ目で、どこか甘えたような面差しの女であった。
ヒップホップだかジャズダンスだかをやっていたとかで、肢体に何とも言えぬ弾力があった。
「彼女とは‥‥ちょっと仲がいいんだ」
店を出たところで誠二が言った。
雰囲気から察して、おおかたそんなところだろうとは感じていた。
「なるほど。まぁお前も俺も医者のはしくれだし、いい仲の女がいてもいいんじゃないか」
「いや、まだわからない。深入りしそうな予感もする」
誠二は生真面目な男で、共に東京の大学で勉強していた頃は、まだ“女を知らない”はずだった。
優太郎がそのことを尋ねると、
「アハハハ、相変わらずまだなんだ。俺はお前と違って手が遅いからな。チャンスがあっても逃しちまうんだ。しかし‥‥」
「しかし…?」
「近々かもしれない」
と、おもいっきり背伸びをすると、照れくさそうな面差しで言った。
「あの感じだと、ありうることだな」
「まぁな」
「しかし、今深入りすると東京に戻って後悔するぞ」
「あぁ。それを思うと気軽に手が出ない」
その女は今も、あの思い出のスナックで働いている。
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