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優太郎が混浴風呂に着いたのは、午後の2時近くだった。
その浴場は、温泉旅館というのが本業らしかったが、料金を払えば温泉のみでの利用も可能であった。
薄暗い木造の廊下を渡ると、男湯と女湯、2つの出入口がある。
─あれ?混浴じゃないのかな─
いくぶん失望して中へ入ると、男女別々に分かれているのは脱衣場だけで、それから先は広い共同浴場になっていた。
時間が早いせいもあってか、入浴客は他に誰もいない。
水音だけがやけに高く響く。
午後の陽射しが湯気の白さを一段と輝かしく映していた。
共同浴場には、大小とりどりの湯船が6つほどあった。
壁にかかった説明書を読む。
なにやら難しいことが書いてあったが、どうやら、それぞれの湯船の温度が少しずつ違っていて、“ぬるい”ほうから順次“あつい”ほうへと入っていくと、最後は相当に温度の高い湯船に入れて、新陳代謝が活発になり、それが身体に良いのだという。
効能の書き文句をそれほど信用したわけではなかったが、
─どうせ時間はたっぷりあるし─
と、優太郎は店主敬白の指示通り、一番ぬるいお湯の中に身を沈めた。
季節は秋。
湯船には、どこから降って来たのか、朱色く染まった紅葉の葉が浮いていた。
脱衣場のほうで物音が響き、中年夫婦が入ってきて、それを追うように、老婆も現れた。
─混浴と言ったって、入ってくる女は年寄りばかりじゃねぇか─
なんとも馬鹿らしい。
優太郎は『混浴温泉があるぞ』と言ったときの、誠二の笑い顔が、脳裏に甦った。
誠二は、そのへんの事情を充分に承知していたのだろう。
しかし、今さら風呂を出てみてもほかへ行く当てもない。
優太郎はせめて多少なりとも混浴風呂の雰囲気を味わおうと考え、中年夫婦、とりわけ奥さんのほうの裸体へ時折目を送った。
まるい肩、たるんだ尻、恥毛が、あるべきところにあるべき形で繁っている。
なんの感興も湧かない。
夫婦は、互いに背中を流しあっていたが、その光景には官能的な匂いがかすかにすら感じられなかった。
優太郎はもう1段階あつい風呂に身を沈めた。
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