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誠二は地味ではあったが、かなり男前な男である。
背も高い。アメフトをやっていて良い体つきをしている。人柄も、育ちもいい。
決してモテないわけではなかったが、女性関係に対しては疎かった。
やがて電車の時間が近づいた。
「まだ今晩、仕事あるのか」
「さすがに大学病院だから結構忙しい。今夜は夜通しかもしれん。」
「ちゃんと休めよ」
「明日は共同研究やってるとこのお偉い教授が来るし、学会の準備も始めないとだからな‥‥朝も夜も無いよ」
「早く東京で一緒にやれるといいな」
「今の所は親父の紹介もあったからな‥‥まぁ2、3年はダメだろう」
「気長に待ってるよ」
誠二は忙しそうだっだが、それでも改札まで見送りに来てくれた。
「ありがとう。本当にご馳走になった」
「次はお互いに休みの時に来てくれよ」
「ああ、そうしよう。アイコさんだっけか…彼女によろしく」
誠二はフッと笑った。
改札を抜け、優太郎が振り向いた時には、もう誠二は足早に階段を駆け上がろうとしていた。
─だいぶ忙しいらしいな─
優太郎は階段を登って去っていく背広姿の誠二を見えなくなるまで追った。
それが生きている誠二を見た最後だった。
東京へ帰って翌々日の朝、誠二の父親という人から優太郎のもとに電話がかかって来た。
誠二が任地先で事故死した、と言う。
「ほ…本当ですか」
優太郎は電話口で声を呑んだ。
つい一昨日別れたばかりなのに…なんということだ‥‥。
「いつですか」
「昨日の、夜中らしいんですが」
「原因は?交通事故かなにかですか…?」
誠二は確か、ちっぽけな中古の軽自動車を運転していた。
「いえ……ガス風呂の事故です。ガス漏れしてたらしいんだが……医局の離れにある当直寮の風呂場で……」
電話の声は、重く、苦しそうに響く。
─ガス風呂…?事故…?─
確かに誠二は、研修医時代、寮が相当に古いと洩らしていた。
現代でも、ガス給湯器なんてものを使っていたのだろう。
優太郎は何をどう尋ねていいのかわからない。
重く苦しい声はさらに続いた。
「情けないことに、私は、医者をやっていながら体が不自由でね。神奈川まで行けそうにない。まことに恐縮ですが、現地まで遺体を引き取りに行ってくれませんか。誠二からは、一番親しい友人と聞いておりましたもんで」
「承知しました。私が責任をもって参ります」
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