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誠二の父親が廻してくれた車に乗ると、一路川崎方面へと急いだ。
車には、誠二の家の使用人と名乗る人が同乗していた。
事故のあらましについては車の中で使用人から事細かく聞いた。
前夜、誠二が寮に戻ったのは夜の23時過ぎのこと。
当時、共同研究を行っていたという聖マリアンナ医科大学の教授が来たり、誠二の受け持ちの患者が一時危篤状態になるなど、医局はおおいに多忙だったらしい。
やっと誠二が寮に戻ると、そこには、当直明けに交替で入る若い研修医だけが残っていた。
「ご苦労さまです。入ろうと思って風呂沸かしたんですけど、先入りますか」
「君は?」
「レポート書くのもうちょっとかかりそうなんで、先輩、先に入っていいですよ」
「じゃぁお先に…」
誠二は風呂場へ消えた。
その若い研修医は、ミーティングルームに座ってレポートを書いていた。
『長い風呂だな』と思わぬでもなかったらしい。
しかし、若い研修医としては、先輩のいる風呂場に、なんの遠慮も無く入っていけるようなものでもない。
疲れているだろうし、俺が行ったら『早く出ろ』と催促しているみたいで気を使うだろうし……。
そう考えたのもしょうがない事情ではある。
『それにしたって長過ぎる』と、若い研修医が、浴室の外から声をかけたのは、誠二がミーティングルームを出てから1時間以上もたった時だった。
返事が無い。
不思議に思ってドアを開けると、浴室の洗い場のタイルの上に誠二が転がっていた。
あわてて病院の救急に内線を入れ、すぐに同僚の医師たちが駆け付けたが、もう息は無かった。
湯船のお湯は50度を超えるほど熱くたぎっていたらしい。
ガス給湯器は、事故と気がついた瞬間に元栓を閉じたので、警察が入る頃にはもう完全に消えていたが、連絡を受けて最初に駆け付けた医師が見たときには、給湯器の中のバーナーが細く灯っていた、と言う。
湯船の湯が熱かったことから考えても、それは本当だろう。
「ガスの匂いなんかは?」
と、優太郎は使用人の男に尋ねた。
「それもたいしたこと無かったらしいんですよ。窓も少し開いていたというし……」
「ガス中毒で死んだことは間違いないんですね」
「警察側からも、病院側からも、同様の判断だということです」
「そうか………」
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