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ドアを開くとフライパンで何かを炒める音がしていた。
テレビからは教育テレビの子供向け番組のオープニングが流れ、まるで何事もなかったかのような穏やかな夕方だ。
僕はキッチンに向かう妻の名を呼んだ。
振り返った妻の目は涙で濡れていて、僕は何も言えなくなった。
妻は何も言わずに再びキッチンに向かい、そのまま娘の夕食を作り続けた。
妻の足元には1歳3か月の娘が甘えるように妻の足に抱きついている。
そのまま数秒、数分経った。
電子レンジの間の抜けた電子音が鳴り、妻が無言で中の皿を取り出す。
「あのね、さっちゃん(仮名)の将来のことを考えてて、あなたがこのままやったら、さっちゃんが可哀相やから親の責任として私がさっちゃんを殺して、私も死のうかと思った」
妻の口から出た言葉は一番言ってほしくない、言ってはいけないものだった。
「まだ、死なへんから仕事戻って」
僕はずっと俯いていた顔を上げて妻の顔を見た。
無表情な顔の上に涙で濡れた目がキラキラと輝き、まるで作り物のように思えた。
現状で借金はばれていない。
なのに、ここまで妻が思いつめるには理由がある。
原因は僕だ。
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