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この時の俺はまだ知らなかったことだが、ミステリー小説の定石の1つに『冒頭ではまず、死体を転がせ』というものがあるらしい。
なら、季節が季節だったとすれば、この物語は定石通りの立派なミステリーになっていたかもしれない。密室の中に横たわる学生の凍死体、ミステリーの題材としては申し分ないだろう。
だが幸いなことに、今は6月、季節は初夏である。雨で湿った体操服は肌に不快な感覚を与えはするが、それによって今すぐどうにかなるということはなさそうだ。
当面の問題は別の場所にあった。
その『問題』を、なんとか意識から外そうと努力する俺を嘲笑うかのように、俺の腹部は情けない音を鳴らす。
「あー、おなかが減った……」
釣られて口を出た言葉が、閉ざされた空間の中に虚しく響く。
ただいまの時刻は午後8時。
俺、二宮一馬(にのみやかずま)がこの体育倉庫に閉じ込められてから、現在約8時間が経過していた。
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