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「・・・奥様がどうかなさったのですか・・・?」
濱井が思わず口にすると、デリブは事の経緯を語った。
陽良子が思い出を作りたいと悩んでいた事。
そして、忽然と姿を消した事。
濱井が「一直線な奥様でしょうから」と、心配はするものの陽良子の両親から聞いた昔話を語った。
あれは陽良子が10歳になって直ぐの事だ。
祖父が倒れ、病院へ運ばれたその日、陽良子は祖父の好物だった「鳩饅頭」をどうしても食べさせたいと言って聞かなかった。
勿論、そんな暇等誰もなかったのだが、陽良子は信じていた。
「鳩饅頭」を食べれば、お祖父ちゃんは元気になると・・・。
鳩饅頭は自宅から車で40分は掛かる、鳩屋という和菓子屋で売られていて、皆が混乱している最中、陽良子は家を抜け出したのだという。
小遣いを持って、一人歩いて、山道を下った。
家族が陽良子の事態に気付いて探し回ったが、まさか一人で鳩屋に饅頭を買いに行ったとは思いもしない。
それに、陽良子は近道の山道を下っていった為、見つかるはずもなかったのである。
結局、陽良子は翌日、祖父の病室で見つかった。
ボロボロになった服で、鳩屋の饅頭を握り締めて泣いていたのだった。
大好きな祖父の為、元気になってほしいと願った陽良子の想いに、誰も叱る気にはなれなかった。
既に人生を全うした祖父の口の周りには、鳩饅頭のカスが付いていて、付き添っていた祖母はニコニコしながら涙を流してこう言った。
お爺さんね、陽良子にうんとお礼を言って亡くなったんだよ。
陽良子は大きくなったね、一人で遠くまでお買い物に行けるなんて祖父ちゃんはビックリしたよ。
美味しいね、美味しいねって。
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