313人が本棚に入れています
本棚に追加
「堪忍どっせぇー、ようちびっとさか
い、気張って(頑張って)!」
重い荷車を引く藤吉に奈々が声を掛け
る。
歳のころは12、3才と言う所だろう
か、体も大きく中々頭が良い少年であ
る。
ここのところ菱屋に頼み込んで、藤吉を
奈々は私用に良く使わせて貰っていた。
「なんて事おまへん。
壬生村はほなよう目と鼻の先どすら」
奈々を一瞬振り返った藤吉の額には、言葉とは裏腹玉の様な汗が噴き出してい
る。
「ほんに、毎度堪忍どっせ、用事頼んで」
奈々の言葉に耳まで赤くして、藤吉が振
り返りもせず頭を振った。
“そんな事は無い"と奈々の掛けた言葉を
否定する様に、いっそう力強く藤吉が荷
車を引いて行く。
そんな藤吉の様子に奈々は微笑むと、梅
雨の合間の久々の青空を、下駄の音を響かせながら見上げる。
5月半ばとは言っても旧暦の上の事、気
候は既にどっぷりと梅雨に入っていた。
晴れてはいても京特有の盆地気候、ムシ
ムシと一日中肌のベトつく季節である。
汗をかかない質(たち)の奈々も、流石に
この晴天の空の下を歩いていると、何と
は無しに疲労を感じてしまうのだった。
最初のコメントを投稿しよう!