八幕. 初めての訪問

4/25
前へ
/397ページ
次へ
「堪忍どっせぇー、ようちびっとさか い、気張って(頑張って)!」 重い荷車を引く藤吉に奈々が声を掛け る。 歳のころは12、3才と言う所だろう か、体も大きく中々頭が良い少年であ る。 ここのところ菱屋に頼み込んで、藤吉を 奈々は私用に良く使わせて貰っていた。 「なんて事おまへん。 壬生村はほなよう目と鼻の先どすら」 奈々を一瞬振り返った藤吉の額には、言葉とは裏腹玉の様な汗が噴き出してい る。 「ほんに、毎度堪忍どっせ、用事頼んで」 奈々の言葉に耳まで赤くして、藤吉が振 り返りもせず頭を振った。 “そんな事は無い"と奈々の掛けた言葉を 否定する様に、いっそう力強く藤吉が荷 車を引いて行く。 そんな藤吉の様子に奈々は微笑むと、梅 雨の合間の久々の青空を、下駄の音を響かせながら見上げる。 5月半ばとは言っても旧暦の上の事、気 候は既にどっぷりと梅雨に入っていた。 晴れてはいても京特有の盆地気候、ムシ ムシと一日中肌のベトつく季節である。 汗をかかない質(たち)の奈々も、流石に この晴天の空の下を歩いていると、何と は無しに疲労を感じてしまうのだった。  
/397ページ

最初のコメントを投稿しよう!

313人が本棚に入れています
本棚に追加