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(最早、かくなる上は…)
―――目の前にいる長州藩士、吉田稔麿を人質にとる。
そうでもしなければ、この包囲網を坂本と二人で逃げ延びることは出来ない。
そんな、過激派維新志士も驚くような事を本気で考える千絵。
しかし、その必要はすぐになくなった。
「吉田さん、今のは冗談ですよ。
あの人斬り以蔵のあだ名を持つ岡田が、こんな娘に負けるわけがない。
所詮、ただの噂でしょう」
「中岡さん。
君は一体、何が言いたかったんだ…」
中岡に踊らされているような気がする吉田に、中岡は何の悪気もなく言う。
「いや。ただ単に、その可能性もあるという事を指摘しただけです。
まあ、この娘の言うようにこいつらが下手人だったら、わざわざ長州藩邸まで運んだりはしないでしょう。
それに…」
「それに?」
中岡はふと、坂本の顔を見る。
「今思い出したんですが、この坂本は武市さんの友人だ。
江戸にいた頃、武市さんの紹介で会った事があるんで確かですよ」
『武市』という名前が出た瞬間、吉田の表情が変わった。
「そうか…そうでしたか」
何だか、武市に対して遠慮しているようだった。
「坂本殿、今までのご無礼をお許しくだされ」
吉田はそう言うと、坂本に深々と頭を下げた。
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