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「吉田さん。
お忙しい中、付き合わせてしまって申し訳ありませんでした。
では」
「いやいや。付き合わせてしまったのは私たちの方です。
本日は大したおかまいも出来ませんで、こちらこそ申し訳ない」
「いいえ、そんな」
「また、藩邸まで遊びに来てください。
坂本殿も、千絵殿も、いつでも歓迎します」
さっき、刀の鯉口を切っていた人とは思えないような言葉を口にする吉田。
どうやら武市の名前以上に、陽気な雰囲気の坂本や、その坂本が誉めていた千絵が気に入ったようだ。
「どうも、ありがとうございます」
そう言った千絵は、ほとんど我、ここにあらず状態の坂本を引きずりながら、藩邸を後にしようとした。
が、
「吉田さん。こんな夜中に千鳥足の男と、刀を持っているとはいえ、ただの娘だけじゃ危ない。
俺がそこまで送って来ます」
と、さっきまで黙ったままだった中岡が、なにやら含んだような微笑と共に言った。
吉田も、中岡の言った事に納得した為、
「それじゃあ、よろしく頼む」
と、言った。
その時の千絵は、とにかく早く藩邸から出たかったので、べつに断らなかった。
取り合えず、坂本と中岡という土佐人二人と長州藩邸を出る千絵。
五体満足で帰れる事に感謝しながら、酒とお龍への恐怖で足元のおぼつかない坂本と、何を考えてるのかよく分からない中岡と共に、京都の街道を進む。
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