覚悟

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「簡単な2択だ……か」 ――そんな簡単に言うなよ。 千絵は路上に立ち尽くしたまま、中岡が去って行った方を眺めている。 頭をよぎるのは、さっきの中岡の言動だ。 「私の身の上も知らないで」 ――――土佐藩士…いや。 土佐だけでなく、長州や薩摩の維新志士は親や師匠の仇といえる存在。 今から五年後に起こる戊辰戦争…それに十五年後には西南戦争が起こる。 それで、両親と師匠がそれぞれ亡くなって。 でも… 「今の時代には、みんな生きてる…」 そう。だから『今は』仇じゃない。 (ふふ。らしくないな…) どんなに考えても、答えが出ない時もある。 だったら、とにかく考えた事を実践して、答えを出すしかない。 (だって私は、さっきの宮原という長州藩士を、藩邸まで届けたじゃない) その時、親の仇だ、師匠の仇だ。 なんて事は考えなかった。 とにかく一刻も早く、遺体を弔ってほしい。 そう考えた。 (それに見つけた以上は、出来れば私も遺体の最期を見届けたかったし) ただそれだけの理由で、『親の仇』の長州藩邸に行った。 それで、何故かああなった。 まあ、それはいいとして。 (私も、この時代の行く末を知る者として、覚悟が必要ね) だったら… とにかく、中岡にはっきり知られていると分かった時点で、寺田屋には居られない。 (お登勢さんやお龍さんに、挨拶だけは済ませとこう) そう思い、千絵は寺田屋への道を歩き始めた。
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