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「だから、それならそうと、何でワシを起こさなかったんじゃ?
それに千絵さんなら、ワシに挨拶せんで出て行くような無粋な事はせんはずじゃ」
この三人の中で一人だけ、千絵に挨拶をされなかった坂本は、当然納得いかない。
「そうは言われても、坂本さんは今まで叩いても蹴飛ばしても、全く起きなかったのよ」
「そうなんか…?」
自分はそんな起こしかたをされて起きなかったのか…。
と、なんだか情けなくなってきたが、今はそれどころではない。
「それに、千絵さんは今日から仕事だって言ってたから。
坂本さんが起きるまで待つ時間がなかったんでしょう」
「はぁ…。そういうものか?」
「そういうものよ」
半ばお龍に納得させられるように言われた坂本は、割り切ろうとするがそれでも何だか後味が悪い。
と、そんな二人の前に、お登勢が紙に包まれた楕円形のものを差し出した。
国元の土佐で、何度か見たことがある坂本は、それが何だかすぐに分かった。
「どうしたんじゃ、その小判の束は?」
その問いかけに、お登勢は坂本よりも渋い顔をして答える。
「実はね、あの娘が宿代にって置いて行ったんだよ」
お登勢によると、千絵が寺田屋を出た後、血まみれにした着物を洗おうとしたところ、着物の中にその小判と手紙が入っていたそうだ。
手紙には、
『せっかく貸していただいた着物を汚してしまって申し訳ない。
直接渡したら断られそうなので、こういう形で宿代と着物代を払う事をお許し下さい』
という風な事が書かれていたそうだ。
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